"中目黒の街"を舞台に、素敵なゲストをお招きして無料の映画&トークイベントを実施している「ナカメキノ」。13回目となる今回、本作の上映&トークイベントが行われました!
ゲストは漫画家・コラムニストの辛酸なめ子さん。切なさがぎゅっと詰まった人間とOSのラブストーリーの本作ですが、上映後のトークでは辛酸なめ子さんならではのツッコミも飛び出し、男性陣が言葉に窮する場面も。会場が笑いに包まれ、イベントは大いに盛り上がりました!
■ナカメキノvol. 13『her/世界でひとつの彼女』概要
日程 : 6月8日(日)
会場 :バンタンゲームアカデミー
トークゲスト:辛酸なめ子(漫画家・コラムニスト)、
松崎健夫(映画文筆家)、中井圭(映画解説者/「ナカメキノ」ディレクター)
ナカメキノは今回も満員御礼!会場前には長蛇の列ができ、作品への注目度が伺える熱気となりました。
中井:早速ゲストを紹介しましょう。漫画家でありコラムニストの辛酸なめ子さんです。
辛酸:私は昨日もう一度観直して、改めて素敵な映画だと思いました。今日はこれからお話しつつ、皆さんと共有できれば嬉しいです。
中井:前評判の高い本作ですが、皆さん実際にご覧になってそれを超えましたか?いかがでしょうか?(会場拍手)安心しました。それでは、まずご覧になった感想をお聞かせください。
辛酸:監督のセンスに溢れた、本当に隙のない映画です。デバイスはそのまま近未来にありそうなものばかりでしたね。映像すべてが、そういう世界になるんじゃないかなと思える内容でした。
中井:あのデバイスは、Appleがそのうち出しそうな完成度でしたよね。
松崎:ちょっと先の未来だと感じなければこの映画は台無しになる訳ですが、それが全編に渡ってちゃんと出来ていますよね。ロサンゼルスと上海でロケされていますが、未来部分は上海。『惑星ソラリス』は東京の高速道路を未来と捉えていましたし『ブレードランナー』は香港をモチーフにしていますが、ロシアやアメリカの人にとっては未来といえばアジアなんでしょう。『惑星ソラリス』から40年経った今、またアジアに未来を見ているというのが面白いですね。。あと、みんなネクタイをしていませんでしたよね。近未来がそうなっているということのひとつだと思うのですが、そういう細かなところが貫かれているのがこの映画のスゴいところ。
辛酸:ネクタイは滅びて、眼鏡は滅ばないということですかね?(笑)
中井:眼鏡がなくなると困るなぁ!笑 上海と言えば『LOOPER/ルーパー』もそうでしたね。アジアの方が未来感がだせるショットが撮りやすいんでしょう。
辛酸:それは日本人としては悲しいですね。。誰かお台場とかで売り込んだら良いんじゃないでしょうか。未来感で言うと、もしかしたら主人公も未来ではイケメンなのかもしれませんね。美人がたくさん寄って来るし。(会場笑)
中井:そうなのかも。オリヴィア・ワイルドかルーニー・マーラかスカーレット・ヨハンソンの誰か落とせたら完全に勝ち組な状況ですよね。
この映画は、主人公の職業が手紙の代筆業というのも大事なポイントじゃないかなと思います。他人の気持ちには代筆できるほど向き合えるけれど、自分とはきちんと向き合えない、そんな主人公を職業で表しているんじゃないかと。設定の妙ですね。
辛酸:主人公が"人間"とコミュニケーションが取れるようになるのか?という。
松崎:優れた映画は最初のシーンで宣言すると良く言いますが、この映画は代筆業という職業でそれを表していて、A.I.に恋する演出として非常に細やかですね。
中井:衣装も気になりました。今日実は僕、セオドア(主人公)っぽい服装してきたんですけど(笑)。衣装の色の表現でも彼の心情を表していると思います。白に近づく=最初に戻る、つまり絡まった心情がリセットされることの象徴なんじゃないかなと。
辛酸:私はOSの進化にも注目せざるを得ませんでした。今でも既に、AI技術が発展して自我をもつとも言われていますが、あそこまで高機能だと、いつか人間よりも次元の高いものになって、人間がOSのペットになるんじゃないかという恐れさえも感じました。自分たちが犬や猫に対して感じているような感情を、OSが人間に感じるようになるんじゃないかと。OSに支配されていますよね。
中井:その究極が『マトリックス』の世界ですよね。OSの進化ということで、先日ソフトバンクがロボットのPepperを発表しましたが、ぜひタイアップしたら良いんじゃないかなとも思いますね(笑)
松崎:絵空事じゃないんですよね。今我々はスマホを握って生活していて、時には独り言を言ったり、スマホの検索結果に応じていたりして、これって支配されているという点では全く同じことなんですよね。
中井:あと、この映画はやっぱり「声」ですよね。
辛酸:すごくセクシー。
中井:スカーレット・ヨハンソンのかすれ声がすごく良いんです。進化したOSであれば、かすれ声ではなくもっと美しい声でも良いと思うんですが、敢えてかすれた声を選んでる。それが人間性ですよね。そこをポイントにキャスティングしたんじゃないかな。最終的にはOSであることを意識しなくなって、非常に普遍的なものを描いていますよね。
辛酸:メールだけで恋愛している感じですよね。
中井:そう、人が人に恋するのと同じなんですよね。
辛酸:映画を観ていると、実際に生きてるんじゃないかなと感じてしまいます。
松崎:実生活でもスマホでリコメンドとかされると特に思いませんか?
辛酸:ありますね!送信しているはずのメールが届かないときなんかは、この人とは縁がないんだよ、とOSに選別されているんじゃないかと思っちゃいますよね(会場笑)
松崎:普通恋愛するときって相手の事を知りたいと色々分析するじゃないですか。それってこの映画で描く人間とOSの恋愛と変わらないですよね。そうすると人を好きになるって何だろう、物質的なことなのか?それを問うている映画でもありますよね。
あと、僕は試写で観たときに、音が真ん中から聞こえた気がしたんです。サマンサの声ってモノラルじゃないかと感じました。スマホを見るとき僕らはスマホを正面にして見ます。それを意識しているのではないかと。この点、劇場でもう一度観るときに確認したいポイントですね。人の生活を感じさせながらもその中にAI(の声)がいても全然違和感がない音の使い方でしたね。
中井:サマンサが実体をもたないところがポイントなのはもちろんですが、やりとりが声だけという上で、「沈黙」を上手く使っていますよね。対人のときは表情など「沈黙」と言っても色々と情報が得られるけれど、OSとはそうはいかない。サマンサがヒューマニティを高めるにつれて「沈黙」が増えていきます。声だけの関係性の中で、聞いても答えてくれない「沈黙」=余白の使い方が演出的にすごく効いています。
辛酸:あのセックスシーン・・・あれってアリですか?(笑)
中井:どうですか?皆さん?・・・あの描写はきちんと心の交流が出来ているという事を表現するために敢えて入れているのかなと。サマンサのことが好きだということを描写していると思いますよ。
松崎:観客はあのセックスシーンが成り立つのか考える=その時点でこの映画にハマっているという証拠だと思いますよ。それだけのめり込んでいて、彼女がしっかりと恋愛の対象になっている、サマンサに対して疑問をもたなくなる、それがこの映画の特異なところですね。人間が好きになるものって実体がなくても良くて、かたちを変えて、完全に普通の恋愛映画になっていますよね。
辛酸:デートシーンなんかも本当に違和感ないですよね。
中井:普通に考えたらこの人大丈夫かな?って人なんですけどね(笑)
松崎:あとこの映画には繰り返される台詞がありますよね。何度か繰り返されるうちに、深層心理に刷り込まれて行く、観ている側もそう理解していくと。
辛酸:サマンサは急に下ネタも入れてきますよね(笑)
中井:カップルの間でああいうくだらない事言うじゃないですか。あれですよね。
松崎:OSは自分の過去のデータをもとに返答しますから、つまりは自分が望んでいることを話して、それに対して望んでいるレスポンスが返ってくる。そうなると、独り語りをしていることにしか過ぎない映画なのかもしれないですね。解釈はいろいろとあるかもしれないけれど。
辛酸:つまりは自分の脳内語ですもんね。
中井:印象的な台詞で「恋は社会に許容されている狂気」とありましたが、言い得て妙で、本当に好きになると周りが見えなくなるってありますね。この映画は、そういう哲学的な要素をたくさん含んでいると思います。誰かと付き合うことに対して、監督自身がどういう風に感じているか、台詞の端々に忍ばせているんじゃないかな。もう一度改めて劇場で観て、台詞を読み解く楽しさもありますよね。
それでは最後に一言ずつお願いします。
辛酸:人工知能の容量ってどのくらいあるんだろうと怖くなりました。今でさえ日々何度もMacのOSをアップデートしているのに、人間はどれだけ容量を用意してマシンを強化すればいいのと途方に暮れたりもしました。何ギガ用意すれば良いの?と。(会場笑)
私はPCが友人以上の存在になっているので、この映画を観て私がOSに追いついていかなければと思いました。
松崎:このポスターのビジュアルを見ても分かるとおり、撮影もこの映画のポイントです。ロスと上海で撮影されましたが、画のトーンを合わせなければならないわけで、その中でスモッグや浮遊物がうまく使われています。そういった効果で全体のトーンを整えながら、もや=はっきりしないことの表現にもなっています。それでいて光自体は自然光をつかっているので、撮る側は相当考えて撮影していますね。
中井:人間の恋愛でも、女の子が人として成長してどんどん先にいってしまって・・・ということがありますよね。この映画のサマンサの言動はそれを極大化して表現しているのではと。もちろん設定的には極端な描写ではあるけれど、日常性を高次化したファンタジーとして、エンターテイメントに仕上げていますね。
辛酸:すごく普遍的な内容ですよね。
以上