• 2013.10.23

第29回ワルシャワ映画祭 密着レポート!

第29回ワルシャワ映画祭(国際コンペティション部門)での上映に伴い、清水浩監督と同行した、本作品のキャスティングを担当されました吉川威史さんによる映画祭密着レポートをご紹介致します!

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【ワルシャワ映画祭・10月15日(火)】
成田21時20分発ドバイ経由で、無事にワルシャワに到着。日本からドバイまで飛行機で 11時間。トランジットで4時間待機後、さらに5時間かけてワルシャワに入りました。
ワルシャワに降り立つとの外の気温は10℃。でも、風がないせいかそんなに寒く感じない。

空港に到着したものの、映画祭のドライバーが約束した場所と時間に現れない(笑)。同行しているオフィス北野のスタッフが電話をかけまくっている。やっとの手配でやっと見つかり無事にホテルまで届けてもらう。

main 01.jpg 数時間後には清水監督が舞台に登壇し観客と質疑応答を行うため、通訳のカタジナさんと打ち合わせ。
カタジナさんは、最近まで日本に留学をされていたようでポーランド語はもちろん、英語、ドイツ語、中国語までも話せる才媛。「カシャと呼んでください」と完璧な自己紹介をされる一同。

『キッズ・リターン 再会の時』は本映画祭で合計4回の上映が行われるらしい。我々がかけつけたのが2回目の公式上映となる。映画館「MULTIKINO2」、いういわゆるシネコンに到着すると、1,000人は入るんじゃないかという大スクリーンで上映をしていた。上映終了後、清水監督いよいよ質疑応答のため舞台に登壇。カシャさんの通訳の下、
Q&Aが行われた。

main 02.jpg Q.本作品の音楽が気になりました。なぜこういった音楽になったのですか?
(40代男性)

A.台本を書くときにいつも音楽を聴きながら書いているんですが、物語よりも登場人物に合うと思う音楽を聴いて書くんです。民族音楽を聴く事が多いんですが、本作ではケルトの音色が合うかな、と思いながら書いていました。

Q.どのようないきさつで監督をされることになったんですか?(20代女性)
A.実は北野監督が『キッズ・リターン』監督をされた3年後に、「キッズ・リターン2」という小説を書かれているんですが、去年の秋にオフィス北野のプロデューサーからこのお話を頂きました。17年という月日と共に時代は変わってはいるんですけど、シンジとマサルのあのような姿は今でも普遍的なのではないかと。『キッズ・リターン』はまだ若いふたりが実生活でうまくいかず、もがいている姿を描かれていて。ラストシーンでは「まだ始まっちゃいねえよ」と言っている。じゃあ、始まったら何が起こるんだろう、と思いました。
"リターンマッチ"をテーマにしようと、作り始めました。

Q.シンジ役の平岡祐太さんはどのくらいの期間、トレーニングをしたんですか?
(中年男性)

A.彼は全くボクシングの経験がなかったので、およそ3ヶ月間トレーニングをしてもらいました。

Q.ビートたけしさんに役を与える事は考えたのでしょうか(40代男性)
A.考えていません、僕がやりずらくなっていまうので(笑)。

質疑応答後、劇場ロビーではオフィス北野のスタッフが観客と映画の感想について話をしていた。

「『キッズ・リターン』の世界観に、清水監督ご自身の言葉を加えることによって、登場人物にリアリティを感じました」(20代男性)
「ボクシングシーンに至っては『キッズ・リターン』以上にリアルでダイナミックでとても気に入りました。シンジ役の平岡祐太さんの身体作りもしっかりしていたので、まるで本物のボクシングの試合のように見えました!」(20代男性)
「月日が経って『キッズ・リターン』のシンジとマサルに再会出来たのが嬉しかった。物語も面白くて、『キッズ・リターン』の雰囲気もよく掴めていた。ただ、北野武さんが出演していたらもっと良かったですね」(40代男性)
どうやら先ほどのQ&Aで質問をしていたのは彼のようだ。
日本で30年ほどキャスティングの仕事をしているが、流石にこの発想はなかった。

会場を後にし、早めの夕食をいただくことに。
カシャさんの案内で「懐かしいポーランド料理の店」という店に入いる。
ポーランド料理はスープが特においしかった。これまでに食べた事のない味でうまく説明が出来ないが、ちょっと酸味が効いた美味しい家庭料理といった感じ。勧められたカツレツも最高だった。
宿泊先が別な清水監督を送り届けてホテルへ徒歩で移動、就寝。

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【ワルシャワ映画祭・10月17日(木)】
ホテルのロビーでオフィス北野のスタッフと待ち合わせをして、外のカフェで朝食を取る。
昼頃に清水監督と合流し、本日も質疑応答のため上映会場に向かう。今回は上映前にも舞台挨拶を行うらしい。清水監督は朝早くに目が覚めて、ひとりで散歩に出かけたそうだ。天候も良かったので良い気分転換になったことだろう。

main 04.jpg 今日は14時からの上映前に、清水監督が現地テレビクルーの取材を受ける予定と聞いていたが、直前になっても、クルーの姿が見えない。オフィス北野のスタッフがまた電話をかけまくっている。昨日と全く同じ光景だ。観客を待たすことは出来ないので、清水監督は上映前の舞台挨拶を行う。
登壇した清水監督、カシャさんに教わったメモをチラ見しながらポーランド語で挨拶をする。観客も理解できたようで、暖かい笑いと拍手が起きる。海を渡ってきた監督が現地の言葉で挨拶をし、迎えられる。日本では映画祭といってもあまり馴染みがないが、映画人としてはこういったことに感動を覚えてしまうものだ。

main 05.jpg 簡単な挨拶を済ませた監督は、上映が終了するまでしばし休憩。カシャさんは本作をもう一度スクリーンで観ておきたいとのことで、劇場に入っていった。と、しばらくすると現地テレビクルーが到着。これじゃまるでコントだ。幸いなことに取材班もオフィス北野のスタッフも英語が堪能だったので、何とか取材をすることができた。

監督へのインタビューが終わってしばらくしてから、滞在中2度目のQ&Aが始まった。
質問の多くは昨日同様、監督するにあたっての経緯などに集中した。

Q.登場人物が奮闘する「ボクシング界」と「ヤクザの世界」に共通点を見いだされたのでしょうか?
A.現実社会の興業的な意味合いでは関係性は過去にあったのかもしれませんが、本作では特に意図はしていません。ただ、今の日本の若者がおかれている状況は誰にでも共感出来る世界観だろうと思って描いたつもりです、つまりボクサーであろうとヤクザであろうと職業が問題なのではないと。
ここで意外な質問が飛び出た。

Q.制作会社のオフィス北野との連携はスムーズだったでしょうか。問題などはございませんでしたか?
A.私はこの業界に入ってからずっとフリーで仕事をしています。つまり、一作品ごとに契約をするシステムです。オフィス北野とは北野武監督作品の助監督時代で6本、映画監督としてはこれが3本目の作品となりますので、プロデューサー陣もよく知っていますし問題はなかったですよ。

質問も意外だが、隣でひとり爆笑しているオフィス北野のスタッフも変だ。
日本でオフィス北野といえば、ビートたけしを筆頭に芸人や役者などをマネージメントするお笑いタレント事務所として知られている。1996年に北野武監督作品『キッズ・リターン』を自社制作/自社配給をすることになってから、その後の北野武監督作品はもちろん、清水浩監督作品、ダンカン監督作品、そして中国のジャ・ジャンクー監督など映画制作や配給にも携わっている。2000年には東京フィルメックスというアジアの若手監督に目を向けた映画祭まで立ち上げている。
私は北野武監督代2作『3-4x10月』(90)でチーフ助監督を勤め、『ソナチネ』(93)以降、オフィス北野作品でキャスティングとして関わってきたが、このようなインディペンデントな制作会社はない。質問者の意図はわからないが、実に面白い質問だと感じた。

会場を後にし、早めの夕食をいただくことに。
舞台挨拶が無事に終了し、劇場ロビーに出てみると監督の下へ涙を流した女性が「すごく感動しました」と話しかけて来た。聞くところによると、彼女はポーランド生まれのベトナム人だそうだ。
劇場から出て来たカシャさんが訳してくれた。

main 06.jpg 「映画はとても気に入りました。特に最後のシーンに感動しました」
彼女はそのまま映画の"その後"の物語が気になったらしく、話が止まらない。そもそも『キッズ・リターン 再会の時』が『キッズ・リターン』の"その後"の物語だったとのに、興奮しすぎて"その後のその後"の話になってしまっている。よくよく聞くと、彼女もボクシングをやっているらしく、シンジが強くなっていく様に興奮覚めやらないそうだ。横ではオフィス北野のスタッフが観客の3人組と話をしている。国籍はタイ人、皆20代半ばくらいだろうか。

会場を後にし、早めの夕食をいただくことに。
「特別な関係性(友情)が大きなエネルギー(力)を生むことを教えてくれる、刺激的な作品でした」
「私も気に入りました。とくに撮影と照明が美しかったです」
「監督の演出がとても良かったです。観客と映画が対話できる、そんな力のある作品でした」
「この作品はボクサーとヤクザの話ではありますが、友情というものは条件を選ばずどこにでも存在しえる。それは良いとか悪いとかではなく、二面性のもの。お互いに力を与えられるものですよね」
やはり通じるものなんだなぁとまた感動。

劇場を後にし、軽く食事を済ますと、オフィス北野のスタッフが撮影の準備を始めた。
18時から、場所を変えて、本映画祭ディレクターのインタビュー撮影を行うらしい。映画祭ディレクターというのは、世界中から応募される作品群から、映画祭で上映する作品を決める人。その選ばれた作品群は様々なカテゴリーにわけて紹介されるのだが、長編、短編、ドキュメンタリー、特別企画など10以上の部門に別れ、今年は80本の厳選された作品だけが上映を許される。その中でも賞の対象となるのが"国際コンペティション"という部門で、日本からは唯一『キッズ・リターン 再会の時』が選ばれたのだ。それもこれも全てはこのディレクターが決めたからだ。なぜ、目に止まったのか。気になる。

気になるのでインタビューに同席させてもらうことにした。

main 07.jpg 取材場所はKINOTEKAという笑っちゃうくらいでかい建物の中で行うことに。映画祭の旗なども飾られているが、なんとも荘厳である。

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映画祭のディレクター、ステファン・ローディン氏は忙しいスケジュールの中、快く迎え入れてくれた。そして時間より早く。
Q.本作を映画祭上映作品として選ばれた理由は? どの部分に一番心惹かれましたか?
A.毎年、1,000を越える作品数から映画祭で上映する作品を選択していますが、この作品には、技術的な力はもちろんですが、アート的な真実を表現していると感じたので選ばせていただきました。私が作品を選ぶ時には3つのカテゴリーに別けています。一つ目は一瞬で良い作品と分かるもの。二つ目は一応保留するもの。三つ目は駄作と思いながらも仕事だから観るものですね(笑)。
『キッズ・リターン 再会の時』は最初のカテゴリーでした。主人公のふたりの物語がはっきりしている点も気にいっています」

Q.『キッズ・リターン』はご覧になられていますか?
A.『キッズ・リターン 再会の時』を決めた時から観よう観ようと思ってはいたのですが、時間が取れず観れていません。

Q.本作は男たちの友情がテーマになっています。このような友情や絆のかたちは、日本独自のものと思われますか?
A.いえ、実に普遍的なものだと感じます。この作品は世界中どこの国にでもある共通したひとつの真実を表現していると感じます」

Q.清水監督について
A.映画を観ている最中に、その監督の演出意図がわかってしまう時があるんです。大抵、そのような作品は良くないカテゴリーに入ってしまう。『キッズ・リターン 再会の時』ではそれが良い意味で感じられなかったんですね。先ほどは出ましたが、今年は世界中から1,000以上の作品が応募されました。映画祭で上映する80作品をまず選びました。さらにそこから"国際コンペティション"部門に15作品まで絞り込みました。その15本のうちの1本に値する素晴らしい作品だと思います。

main 09.jpg 素晴らしいインタビューを終え、我々は映画祭主催のパーティーに出席。
世界中から集まった映画関係者が一同に集まっている。映画祭に出席するのは初めてではないが、気づかされることが多い。
明日は公式行事がない。

会場を後にし、早めの夕食をいただくことに。
いわゆる「オフ」というやつだ。カシャさんが都合をつけてくれたらしく、市内を案内していただけるそうだ。

【ワルシャワ映画祭・10月18日(金)】
取材もなく、完全オフというのは後ろめたさもあるが、こんな日もあっていいさと自分を言い聞かせる。見渡せばホテルの窓外の町並みもすごくいい感じだし、時差ボケもだんだん解消して元気一杯だ。仕事とはいえ、ポーランドに来ることなんてこの先あるかわからない。思い出にたくさん写真を撮ろう。
清水監督とカシャさんと合流し、旧市街の方へタクシーへ向かう。そこはまさにヨーロッパの旧市街。
第2次世界大戦で、ドイツの空爆でほとんど壊れてしまったが、見事に復旧している。

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広場では中世の甲冑を着た若者が、観光客相手に立っている。我々も彼に見つかるや否や手招きをされたが、何とか笑って過ごせた。この手の兄ちゃんは万国共通、どこにでもいるものだ。ただ、海外の方達は底抜けて明るいイメージがあるのは気のせいだろうか。

一面石畳の街並を歩きながら、歴史を感じていると、とある荘厳な教会の前に着いた。
「案内しますから」と小声でカシャさん。日本でもそこら中に教会はあるが、これほど大きいものは目にしない。中へ入るとステンドグラスの窓が建物の中を照らす。何とも神聖な雰囲気だ。観光客がちらほらと目立つが、気にする事もなく椅子に座ってお祈りする男性の姿。我々にとって目新しいもの全てが、彼にとっては日常なのだ。清水監督とオフィス北野のスタッフが中央の通路で祭壇に背を向けて話をしていると、カシャさんが「祭壇に背を向けないで」と、注意書きを訳してくれた。彼らに悪気があったわけではないが、なるほど、それほど神聖な場所なんだと、改めて認識する
main 11.jpg 教会の地下にはお墓があり、そこも見学できるらしい。表に出て歩きながら写真を撮っていたら、デジカメを落としてしまった。ああ、なんてことだ、完全に壊れているではないか!まさかあの二人の行為が神様の逆鱗に触れたのであろうか。
そんなことはない。
そんなことはないのだが、完全オフの日にカメラレスになるとは誰が予想したであろうか。

昼食。素敵な建物の一階にある、落ち着いたレストランに入る。
清水監督は相変わらずの小食で現地のビールのみを頼んだ。私はカシャさんおすすめの、温かい前菜のシチューを注文。このシチューは、ポーランドのどの家庭にも出てくる料理らしい。とても美味しかった。
一服してから、今度はとある王宮を案内してくれた。
まるで映画の1シーンみたいな壮麗な室内だ。貴族達の絵画や装飾がそこら中に飾られ、圧倒されていると、カシャさんが上を指差した。見上げるとものすごい天井画があった。
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来た道を戻ると、例の中世甲冑兄ちゃんがまた元気よく近寄ってきた。
今日はどこにも電話する必要がなく、気分が解れたのか、オフィス北野のスタッフが中世甲冑兄ちゃん相手に大笑いのパフォーマンス。一部始終を清水監督がビデオを回していた(笑)。

main 13.jpg 午後3時。
ここでカシャさん、「映画祭で上映している映画を観るから、またね。それと、夜は危ないからブラガ地方には行っちゃだめよ」とアドバイスを残して別れる。繰り返すが、今日は完全オフだ。ましてや時間もまだ早い。我々男3人は異論なく、タクシーに乗り込んでブラガへ向かった。
タクシーの運転手によると「10年前は危ない地域だったが、近年は全然平気さ」とのこと。
街に降り立つと、確かに危険性をあまり感じない。どちらかというと下町っぽい印象。

main 14.jpg 知らない街に来たら地元の人が行く場所にいくのが一番良い。長年の映画制作現場で培った知恵だ。
早速地元のスーパーに入ると、宿泊しているホテル近辺より物価が全然安くてびっくり。ワルシャワの下町認定だ。さすがに下町だけあって、帰りのタクシーがなかなか見つからない。こういう場合はまずは大通りまで歩いて移動するのが一番良い。長年の飲み歩きで培った知恵だ。大通りで何とかタクシーを拾い、ホテルへ帰る。

清水監督とオフィス北野のスタッフは映画を観に出かけるそうだ。映画祭だ、そうこなくっちゃ。
私も最初は観る気まんまんだったが、疲れが溜まっていたのでホテルにとどまる事に。
明日は、いよいよ受賞式。その後は最後の質疑応答が控えている。

【ワルシャワ映画祭・10月19日(金)】
今夜はコンペティションの授賞式が夜の9時30分からある。
午前中はフリータイムなのでKINOTEKA付近で、自分のスタッフのためにおみやげを買いに行くことに。ちなみに今時なのか知らないが、行く前からおみやげを決められてしまっている。通常、旅先にいった者が故郷で待ちわびる友人や家族、同僚の顔を思い出しながら「これ、似合うかな。喜んでもらえるかな」と模索しながら買う事に意味があったのに、この時代、そうはいかない。挙げ句の果てにその注文は「陶器」だ。一応、「陶器をお願いします」と丁寧に頼まれたものの、なぜ陶器なんだ。「割れたらどうしよう」というこちらの心配なんぞまったく気にする素振りもなかった。もしかして新手の嫌がらせなのだろうか......。

とりあえず、清水監督が宿泊しているホテルのロビーに集合。
監督も買い物をしたいとのことで、オフィス北野のスタッフと3人で街へ繰り出す。土曜日とあって街中の店は2時以降は閉まってしまうらしい。あいにく目当ての店に着いた頃には店が閉まっていた。
しかたなく近くの巨大モールに行く。このモールは4階と5階が映画館になっていて、映画祭の会場の一部としても提供されていた。

「チョコレートにしようかな」という監督の希望で、ブラブラと男3人で探し始める。
「チョコレートはベルギーじゃない?」とか話し合っているうちに、通路の中央に構える小いさな売店を通りかかる。中から若い女性が「どうぞ」と紫色の"グミ"みたいな物を、目の前に差し出してくれた。「小枝のチョコレート」みたいだな、と躊躇せず口の中に放り込み食べようとしたその瞬間、女性が血相を変えて「No! No!」と叫び始めた。慌てて口から出す。
通訳をしてくれたオフィス北野のスタッフ。「吉川さん!それ、石けんらしいです」
石けん? 気づくだろう普通......。
一部始終を見ていた清水監督が、腹をかかえて大笑いしている。というか、笑いが止まらない。
若い店員は責任を感じたのか、それとも流れを変えようと思ったのか、いきなり私の爪を道具で磨き始めた。きっと彼女なりのサービスなんだろう。
今年還暦を迎えた私が爪を磨いたことがあるわけもない。石けんのショックといい、状況が把握できないまま身を任せていると、なんてことでしょう。私の薬指はピジャピカ、ピカー。
すばらしい輝き。
そして自慢気な若い店員。
清水監督は、まだ腹を抱えて笑っている。
もうよくわからなくなり、あまり爪の輝きに感動したということで、若い店員と記念写真を撮ろうという事に。笑いながら手をふって別れたが、その後、私はあの店員を、ソープ嬢と呼ぶことにした(笑)。

main 15.jpg 笑いすぎて、お腹がすいたので早い夕食にする事に。
ホテルの近くにあったレストランに何となく入るがここが大当たり。ポーランドで一番口に合った料理だった。
炒めた肉野菜ビーフンととろみのある、肉野菜炒め。

夜8時、いよいよコンペティション会場に到着。
大勢のマスコミが来ていて熱気に包まれている。満席の会場。
国際コンペティション部門から選ばれる賞は三つ。最高賞であるワルシャワグランプリ賞、監督賞、そして審査員特別賞。今回は残念ながら受賞とはならなかったが、大勢の人に感動を伝えられたことに清水監督も満足している様子。
授賞式直後の上映では、100人を越える観客がぎっしりと詰めかけていた。
上映終了後には拍手もわき起こり、そのままQ&Aに突入した。

main 16.jpg Q.大変素敵な映画だと思いました。さて、続編それも北野武の続編を作る事に困難はありませんでしたか?
A.原案を下に作ったので、自分の中ではプレッシャーはありませんでした。自分としては『キッズ・リターン』の"続編"というよりは、もう一つの"キッズ・リターン"という想いで作りました。

Q.ボクシングシーンの撮影は大変だったと思います。キャストはボクシング経験者なのですか? アクションシーンは代役を立てたのですか?
A.吹き替えは一切行っておりません。シンジ役の平岡祐太さんはボクシング経験がなく、およそ3ヶ月間トレーニングをしてもらいました。対戦相手は現役プロボクサーから、元世界チャンピオンまで出演いただきました。撮影自体は大変ではなかったですが、実は後楽園ホールでのボクシング試合の撮影は全て1日で撮影をしたんです。会場にカメラを3台用意し、全カットリテイクなしの一発撮りだったんです。平岡さんが一番大変だったと思います。

Q.物語や登場人物に時折コメディの要素がありましたが、全編を通してそう表現しなかったのはなぜですか?
A.笑いの要素はあったと思いますが、それはキャラクターの表現、つまり人間的な要素として笑いを採用しました。人というのはいろんな面があるので、その人の面白い面を撮った、ということです。

Q.シンジにとっては日本タイトルマッチ、マサルにとっては友を支える事が大事な使命であったと感じました。清水監督にとって、人生の大事な使命はなんですか?
A.映画を制作して、より多くの人に観てもらう事です。

質疑応答終了後、劇場ロビーでまた、オフィス北野のスタッフが観客と話をしていた。
「この作品を観れて光栄でした。私は北野武監督のファンでもありますが、この作品はその雰囲気がよく出ていると思います。ボクシング以外のアクションシーンも一見の価値のある、素晴らしいシーンだったと思います」
(30代男性)
「とても良かったです。『キッズ・リターン』と似ている雰囲気があり、僕は両方とも大好きです。早く続きが観たいみたいです(笑)」(30代男性)
「とても気に入りました。ふたりの友情が繋がっていたこと、そしてボクシングをまた観れたことが嬉しかったです。清水監督が云われた人の面白い面を撮ったシーンも良かったと思います。個人的にはシンジとマサルが再会する場面がとても良いと思いました。再会した時の気まずさと、徐々にふたりの壁が無くなっていく感じが見事に表現されていると思いました」(30代男性)

すべてが終わり、通訳のカシャさんとも別れ、男3人で乾杯しようという事になり、こっそり見つけておいた、ボクシングバーに行くことに。調べたところによると、店内にボクシングのリングがあり、その周りをテーブルが囲み、お酒と食事ができるようなバーなのだ。
『キッズ・リターン 再会の時』イン・ワルシャワを完結させるには最高すぎるお店だ。ただし、心配なのは閉店時間。そう、ワルシャワの土曜は閉まるのが早いのだ。
会場を出て向かうがすでに時計は夜中の12時を過ぎようとしていた。
お店の前に着いたものの、残念ながらお店は閉まっていた。

正直、私は『キッズ・リターン』のその後の物語が映像化されるとは思っていなかった。
だが17年という時を経て映像化が決まり、ちょうど一年前から本作のキャスティングをし始めた。
主演の平岡祐太は未経験のボクシングを、身を削る思いで必死に向き合ってくれた。三浦貴大も新境地であるヤクザ役に挑み、見事に男の生き様という難しい役を演じてみせた。そうして完成した作品が、こうやって異国の地で人に感動を伝えられたと思うと、何ともいえない気分になる。まるで初めて食べるスープの味が表現できないような感覚と、どこか似ているかもしれない。

受賞を逃したのも、ボクシング・バーに行けなかったのも、カメラを壊したのも、石けんを食べかけたのも、色んな残念もあったが、収穫は偉大だった。
「ワルシャワの旅はまだまだ完結させないぞ」というしめし示しだったのかもしれないなぁ。」 main 17.jpg