2016.3. 1

狂奔する金融システムとクレイジーな一匹狼の対決

 不思議な邦題がついているが、映画の原題は「ビッグ・ショート」という。つまり、大いなる空売り。これならわかる。原作本の邦題も「世紀の空売り」となっている。適切な訳語だと思う。
 ただ、空売りといっても、株式相場や商品相場の空売りではない。膨れ上がった住宅ローンを債券化した金融商品(MBS)に、空売りをかけようとした男たちがいたのだ。
 21世紀初頭の数年間、アメリカの住宅相場は狂奔した。フロリダでもカリフォルニアでも、たった数年で住宅価格は3倍にも4倍にも跳ね上がった。それまでの価格が低かったこともあるが、最大の原因はサブプライム・ローンをはじめとする滅茶苦茶な融資が横行したことだ。年収2万ドル以下の低所得者層が、60万ドルの家を頭金ゼロで買おうとする。正気の沙汰とは思えないが、投資銀行をはじめとするシステム側はそれをあおり、積極的に後押しした。
 株でいうなら、業績の裏付けのない銘柄が仕手戦に乗って暴騰するようなものだ。売りのプロなら当然そこに眼をつける。だが、MBSの空売りなどということが可能なのか。
 ここで一匹狼の資産運用家マイケル・バーリ(クリススチャン・ベール)という男が登場する。バーリは大手投資銀行と掛け合い、MBSが破綻した際の保険(CDS)を発行させ、それを大量に購入する。MBSが下がれば(より直接的には住宅ローンが焦げつけば)、CDSは高騰してバーリは利益を得られる。ただし、MBSが安定を保つ限り(住宅価格が下がらなければ)、バーリは延々と保険料を支払わなければならない。
 この奇策に眼をつけたのは、バーリだけではなかった。モルガン・スタンレー傘下でヘッジファンド・マネジャーを務めるマーク・バウム(スティーヴ・カレル)や、ドイツ銀行で働きながら銀行の手法に疑いを抱くジャレド・ヴェネット(ライアン・ゴズリング)も、似た発想を抱くのだ。勝機はシステムの破綻にある。
 監督のアダム・マッケイは、ウィル・フェレル主演の「俺たちニュースキャスター」を撮った人だ。馬鹿コメディが得意で、観察眼が鋭く、奇行や狂態に鼻が利く。そんな監督であれば、「狂奔するシステム」と「クレイジーな一匹狼」の対決を恰好の構図と捉えたかもしれない。
 実際、マッケイは水を得た魚のごとく映画を進める。負ければ破滅、勝っても後味の苦い(実際、リーマン・ショックは全米で800万人の失業者を生んだ)賭けは、どのように展開したのか。題材がシリアスなだけに、底に潜む黒い笑いもひときわ強烈な破壊力を秘めている。

                                             芝山幹郎