2016.3. 3

現代の無法地帯は経済界だ!と喝破するのが『マネー・ショート 華麗なる大逆転』だ。リーマンショックの発生を見抜き、勝ち抜いた男たちについてのノンフィクションが原作。
 新商品開発を続ける銀行が詐欺まがいの債権を売り出したために、「家を持ちたいが貧しい」人たちが翻弄され、世界の経済がぶっ壊された。その始まりから撃沈までの顛末を、経済用語のわかりづらさにギャグで対抗して、ゲラゲラ笑える映画に仕立てたアダム・マッケイ監督が素晴らしい。キャラクターはそれぞれ際立ち、キャストには主演級が並ぶ。
 自由競争社会の花形たちが扱う高度金融=金を動かして金を生むゲームの進化は、資本主義の到達点らしいが、それは世界の富を1%の金持ちに集中させ、格差を広め、社会を壊し続けている。そんな現実への怒りが、全編を貫いて、熱い。

                                             町山広美

2016.3. 2

リーマン・ショックの裏側で起きた驚きの真実

2008年9月、リーマン・ブラザーズの経営破綻により引き起こされた世界的な金融危機、リーマン・ショック。あの混乱のなかでも、金融システムの崩壊を見抜いて大儲けをした人たちがいた。この実話に焦点を当てたのが、債券セールスマンとしての経験もある作家マイケル・ルイスによるノンフィクション『世紀の空売り 世界経済の破綻に賭けた男たち』だ。本書にもとづき、『マネー・ショート 華麗なる大逆転 』は世界経済を混迷させた出来事をシニカルにとらえながらも、痛快なドラマに仕上がっている。
 2005年、好景気に沸くアメリカ。金融トレーダーのマイケルは、返済の見込みの少ない住宅ローンを含む金融商品(サブプライム・ローン)が数年のうちに債務不履行(デフォルト)に陥る可能性があることに気づく。そして、サブプライム・ローンが暴落した時に保険金が支払われる金融取引、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の契約を投資銀行とかわす。彼の戦略を発端に、顧客にCDSを進める銀行家、大手銀行に不信感を募らせているファンド・マネージャー、ウォール街進出への野心を抱く若い投資家が、住宅バブルに隠された落とし穴に大勝負を仕掛けた。
 ショート(空売り)をはじめとする金融用語を理解していれば、面白さが増すのは言うまでもない。だが、知らなくても大丈夫。ライアン・ゴズリング演じる銀行家が劇中にミニ講座を設け、テレビ・キャスター、俳優などの著名人にサブプライム・ローン、CDS、債務担保証券(CDO)などを解説させ、興味をそそる。その仕組みがわかればなおさら主人公たちの先見の明に納得し、金融システムの不透明さ、業界の倫理観の欠如に憤り、呆れてします。
 クリスチャン・ベール、スティーブ・カレル、ライアン・ゴズリング、ブラッド・ピットが、ウォール街に挑む型破りの金融マンを演じ、アンサンブル・キャストの妙が冴える。クリスチャン・ベール演じる、医師から金融トレーダーに転じたマイケルは、金融業界のスティーブ・ジョブズとも言える強烈な個性で際立ち、興味深い。『フォックスキャッチャー』(2014年)の怪演が記憶に新しいスティーブ・カレルが扮するマークは、市場崩壊へと向かうなか、金融マンの"良心"を滲ませて悲喜劇に緩急をつける。
 プロデューサーも務めるブラッド・ピットが演じるのは、一線を退いた伝説の銀行家ベン。彼のサポートにより若い投資家は大金を手にするが、喜ぶ彼らを諌める。「はしゃぎすぎるな。多くの人が家を、仕事を、そして、人生を失うのだから」と。
 金融システムを逆手にとって大儲けをするのが痛快だ。しかし、その後味は苦い。

                                             池谷律代

2016.3. 1

狂奔する金融システムとクレイジーな一匹狼の対決

 不思議な邦題がついているが、映画の原題は「ビッグ・ショート」という。つまり、大いなる空売り。これならわかる。原作本の邦題も「世紀の空売り」となっている。適切な訳語だと思う。
 ただ、空売りといっても、株式相場や商品相場の空売りではない。膨れ上がった住宅ローンを債券化した金融商品(MBS)に、空売りをかけようとした男たちがいたのだ。
 21世紀初頭の数年間、アメリカの住宅相場は狂奔した。フロリダでもカリフォルニアでも、たった数年で住宅価格は3倍にも4倍にも跳ね上がった。それまでの価格が低かったこともあるが、最大の原因はサブプライム・ローンをはじめとする滅茶苦茶な融資が横行したことだ。年収2万ドル以下の低所得者層が、60万ドルの家を頭金ゼロで買おうとする。正気の沙汰とは思えないが、投資銀行をはじめとするシステム側はそれをあおり、積極的に後押しした。
 株でいうなら、業績の裏付けのない銘柄が仕手戦に乗って暴騰するようなものだ。売りのプロなら当然そこに眼をつける。だが、MBSの空売りなどということが可能なのか。
 ここで一匹狼の資産運用家マイケル・バーリ(クリススチャン・ベール)という男が登場する。バーリは大手投資銀行と掛け合い、MBSが破綻した際の保険(CDS)を発行させ、それを大量に購入する。MBSが下がれば(より直接的には住宅ローンが焦げつけば)、CDSは高騰してバーリは利益を得られる。ただし、MBSが安定を保つ限り(住宅価格が下がらなければ)、バーリは延々と保険料を支払わなければならない。
 この奇策に眼をつけたのは、バーリだけではなかった。モルガン・スタンレー傘下でヘッジファンド・マネジャーを務めるマーク・バウム(スティーヴ・カレル)や、ドイツ銀行で働きながら銀行の手法に疑いを抱くジャレド・ヴェネット(ライアン・ゴズリング)も、似た発想を抱くのだ。勝機はシステムの破綻にある。
 監督のアダム・マッケイは、ウィル・フェレル主演の「俺たちニュースキャスター」を撮った人だ。馬鹿コメディが得意で、観察眼が鋭く、奇行や狂態に鼻が利く。そんな監督であれば、「狂奔するシステム」と「クレイジーな一匹狼」の対決を恰好の構図と捉えたかもしれない。
 実際、マッケイは水を得た魚のごとく映画を進める。負ければ破滅、勝っても後味の苦い(実際、リーマン・ショックは全米で800万人の失業者を生んだ)賭けは、どのように展開したのか。題材がシリアスなだけに、底に潜む黒い笑いもひときわ強烈な破壊力を秘めている。

                                             芝山幹郎